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カスタマーサクセスの「裏技」的施策集

このエントリーでは、カスタマーサクセスの「裏技」的施策を、いくつか紹介していきます。(というほど裏技でもないかもしれませんが)
 
SaaSなどの継続課金型サービスを支える「カスタマーサクセス」。2018年の青本発売に始まり、日本でもカスタマーサクセスについて多くの情報が共有されるようになってきました。
他方で、結構効くのにあまり表で共有されないタイプのカスタマーサクセスの施策がある気がします。
 
というのも、カスタマーサクセスの魅力の一つは、「顧客の成功」と「自社の成功」を重ねる美しいコンセプトにあると思います。なので、逆にあんまり商売っ気の強い(自社の成功にフォーカスが寄ってる)タイプの施策は嫌われるし、表立って共有されづらい気がするのです。
 
でも、現実ビジネス観点だと、カスタマーサクセスの極めて重要な目的の一つがLTVないしMRRの向上であることは異論がないかと思います。
そして、この「LTV・MRR向上」だけにフォーカスすると、商売っ気が強くて「顧客の成功」というカスタマーサクセスの理念からはあまり表立っては取り上げられない、いわば「裏技」的な施策が浮かび上がる気がするのです。
 
本エントリーではその具体例して、
  • 値上げ
  • 契約期間や支払い方法をいじる
  • 逆ヘルススコアに注目する
を、順に紹介していきます。
 

具体施策-1 :値上げ

継続課金型ビジネスのLTVは、
 LTV = 顧客単価 × 平均継続期間
の式で計算されます。
 
で、色々なやり方で
  • 解約率を下げる
  • 使いこなしてもらうことで、従量料金を増やす
  • 上位プランにアップセルする
とかで「顧客単価」や「平均継続期間」を上げるというのが、カスタマーサクセスの王道です。
 
でも、LTVを伸ばすには、実はパッケージ部分・定額部分の一律値上げが有効なケースが結構あります
*以下では、わかりやすさのためにLTVを売上ベースで出しています。本当はLTVは利益の指標ですね。
 
例えば、シンプルに年額10万円、年間解約率10%、会員100名のビジネスを考えます。
  • 今年の売上は、10万円×100名なので、1,000万円になります。
  • 来年の期待売上は、10万円×100名×90%なので、900万円になります。
  • 再来年の期待売上は、10万円×100名×90%×90%なので、810万円になります。
=>向こう3年間での期待売上は、2,710万円ということになりますね。
 
これを、思い切って4倍の40万円に値上げしてみましょう。
びっくりしてユーザーの4割くらいが一気に辞めちゃうかもしれません。そうすると、初年度ユーザーは60名に一気に減ります。
さらに、来年以降のChurnRateも倍増して20%くらいまで上がるかもしれません。
そうすると.....
  • 今年の売上は、40万円×60名なので、2,400万円になります。
  • 来年の期待売上は、40万円×60名×80%なので、1,920万円になります。
  • 再来年の期待売上は、40万円×60名×80%×80%なので、1,536万円になります。
=>向こう3年間での売上は、5,856万円になります。
 
ちなみに、少しややこしいの式は省きますが、LTVベースで見ても
  • 10万円を続けるケース →100万円
  • 40万円に変えるケース →120万円(最初の100顧客全部を含めるとき。値上げタイミングで離脱した40名を除くなら200万円)
と、4倍の40万円に値上げするケースが勝ちます。
 
つまり、こういうことです↓

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4割の顧客が一気に離反しても、向こう3年間の売上は倍以上違うんです。 (実際には色々な施策を打てば、この離反率はもっと下げられると思う)

これ、業務システムみたいにスイッチしにくいタイプのプロダクトで、かつ高機能化が進んでる場合だと結構あり得る数字だと思います。

さらに、”winner takes all”的な特性を持つ市場でシェア取ってから値上げすれば、解約率の上昇はもっと抑えられるかもしれません。
 
そんなわけで、解約率が上がっても、大きく値上げするとエコノミクスはよくなることがあります。
新規獲得のセールスの難易度も上がりますが、まぁ最初から高ければそれなりに売れるもんです。
実際、昔からカスタマーサクセスと値上げって親密なのに語られなさすぎるなぁ、と思っていて以前こんな記事を書きました。

この数ヶ月後にfreeeさんが値上げしてましたね。予想していたわけじゃなくてたまたまですが。
 
なお、LTVの計算式はこちら 

 

具体施策 -2:契約期間や支払い方法をいじる

裏技の2つ目は「契約期間や支払い方法をいじる」です。
1つ目の「値上げ」と比べるとショボいかもですが、結構効くことがあります。
 

契約期間をいじる

例えば、「毎月やめられる契約」を「半年契約」に、「半年契約」を「年間契約」にすることです。
 
契約期間をいじるとなぜChurnが下がるかというと
  • 単純に辞めるタイミングを逸する。
  • なんなら顧客が「辞める」って言ってからリカバリプランを発動できる。
  • 期間が定まっているから、カスタマーサクセスが顧客へのサポートプランが練りやすい
というメカニズムからです。
 
ただし、期間が決まっていると逆に「満期タイミングで継続を検討するタイミングを与える」ことにも繋がるので、その辺の手当ても必要だったりします。
 

支払い方法をいじる

もっとショボいのですが、地味に効くと思うのが支払い方法を変えることです。
例えば、「請求書払いを辞める」です。
 
「契約期間をいじる」とも似てるのですが、請求書を見るタイミングってコスパを検討する→解約を検討するタイミングになり得るんですよね。
だったら、口座引き落としとかにして、「請求書を毎月郵送して振り込んでもらう」みたいなのを辞める。これで、地味に解約率下がるケースもあると思います。
 

具体施策 -3:逆ヘルススコアに注目する

裏技の3つめは、「逆ヘルススコアに注目する」です。
ヘルススコアの概念はすでに浸透していると思います。活用度などをスコアリングして顧客の状況をウォッチして、それに合わせて介入を行う概念です。
 
一般的にヘルススコアは、ポジティブなもので足し算方式が多いと思います。
例えば、「●●機能を使ってくれたら+30point」みたいな。
でもこの足し算方式のヘルススコアって、あんまりうまく使えてる会社多くない気がするんですよね。
 
他方で、SaaSには「使うことが逆に危険信号になる機能」が一部あると思っています。いわば使うとヘルススコアがマイナスになる機能
 
具体的には
  • HELPの解約方法のページを見てる →これは明確に危険信号
  • 台帳系のエクスポート機能の不自然な利用 →他ソフトへ移行が始まっている可能性がある
  • 画面キャプチャやマニュアルダウンロード →経理ソフトのように限られたキーパーソンが使う場合、キーパーソンが異動・退職で引き継ぎ資料作ってる可能性がある。キーパーソン交代で乗り換えリスクが起きることがある。
みたいな。
 
プラスのヘルススコアを積んで顧客を成功に導くことでに注力するのではなく、
こういうネガティブな機能に注目して(もっと悪どくやるなら、ロイヤルティ下がりつつある人が踏むようなトラップをわざと仕掛けておいて)
ネガティブな機能を踏んだ人に積極アプローチして解約を止めに行く、という施策、効く場面あると思いませんか?
 

まとめ

以上、カスタマーサクセスの「裏技」ってほどでもないですけど、あまり語られない気がする施策を3つご紹介しました。
  • 値上げ
  • 契約期間や支払い方法をいじる
  • 逆ヘルススコアに注目する
 
カスタマーサクセスの魅力の一つは、「顧客の成功」と「自社の成功」を重ねる青臭くも美しいコンセプトだと強く思う一人ですが、「顧客の成功」というコンセプトからは語られにくい上記のような施策がビジネス的に効くことが多いのも、また真実だと思ってます。
そして、ちょっとひねくれた書き方しましたが、上記のような施策も、しっかり考えてやれば本当はカスタマーサクセスの理念につながることも大いにあると思ってます。
 
何より、カスタマーサクセスのメンバーがこういう施策嫌いだとしても、会社の利益向上につながるから社長や事業責任者は選択肢に持っていることが多い。
現実問題として、カスタマーサクセスの現場が嫌がっても、こういう施策が走るときは走るのです。実際、値上げするSaaSもぼちぼち出てきてるわけで。
そうである以上、こういう裏技が裏技的に扱われるのではなく、表立って議論がもっとされてもいいんじゃないかな、って思っています。