B-log

コンサル→ベンチャー。ビジネス系のネタ。

ヘルススコア設計と運用のポイント [カスタマーサクセス]

日本でも一般的になりつつあるカスタマーサクセス。
以下では、カスタマーサクセスのヘルススコアの設計・運用で満たすべきポイントについて、考えをまとめていきたいと思います。
  

そもそも何の為にヘルススコアが存在するのか

ヘルススコアについては色々なところで語られていますが、その目的について端的にいうと、
  • 解約を予測し
  • 効率的なサポートを提供する

ためのものです。

※ヘルススコアはエクスパンド(アップセル・クロスセル)にも時折使われますが、一旦それは横に置いておきます(後述します)。
 

ヘルススコア設計のポイント

上述のヘルススコアの目的に照らすと、ヘルススコアが満たすべき要件はシンプルです。
すなわち、
  • 解約を予測できる指標であること
  • サポートによりコントロール可能であること
の2点がヘルススコアの満たすべき要件です。以下、詳述していきます。
 

解約を予測できる指標であること

まず絶対押さえるべきなのは、「解約を予測できる指標であること」です。
 
ヘルススコアが解約を予測するものである以上、
解約の先行指標として最も切れ味が鋭いものが、ヘルススコアとして採用されるべきです。
 
分析がうまくできない場合、
  • そもそも、このプロダクトは顧客のどんな課題を解決するためのものか?(顧客はなぜこのプロダクトを買うのか)
  • そのための理想的な顧客体験はどうなっているのか?
  • どういう理由で辞める顧客が多い?
と言った基本をプロダクトオーナーやCSMに問い直すと、定量分析にあったっての仮説構築ができると思います。
特に「顧客はなぜこのプロダクトを買うのか」の問いは強力です。多くのケースで、この問いの裏返し、すなわち「購入の目的が達せられなかったから」というのが基本的な解約の理由となるからです。
 
「解約を予測できること」というのは大変シンプルな話ですが、色々考えているうちに意外と忘れがちな基本です。色々な人が否定しづらい色々なことを言ううちに様々な要素がヘルススコアにまぎれ込みがちです。例えば、「カスタマーエクスペリエンスの観点も大切だ!」とか言われると否定しづらい。
しかし誤解を恐れず言えば、解約との関係が証明できない指標はヘルススコアにとって不純物です。不純物はなるべく避けて、まずは「解約を予測できる指標であること」を第一にヘルススコアを考えた方がいい。
 

サポートによってコントロール可能であること

ヘルススコア設計でもう一つ見落としがちなポイントは、「サポートによってコントロール可能であること」です。
 
コントロールできないものは含めない
例えば、男女・エリアなどで解約率が異なるとしても、それらの属性は変えることはできません。
 
ヘルススコアは、それをコントロールすることで解約を防ぐためのものですから、
コントロールできないものは、ヘルススコアそのものとして採用しない方がいいと思っています。
 
もちろん、変化しない属性が解約を大きく決めることもあると思います。
その場合、変化しない属性情報はヘルススコアそのものではなく、ヘルススコアのセグメントの切り口としてその属性を用いるのがいいと思います。
 
例えば、こういうことです↓
  • エンタープライズ(大企業)もSMB(中小企業)もヘルススコアの指標は同じだが、基準値が違う ※男女で標準体重が違うのと同じイメージ
  • 製造業はXXをヘルススコアとするが、サービス業はYYをヘルススコアとする
 
ただし、分けすぎるとオペレーションが追いつかなくなるので、組織のオペレーションレベルに応じて「いい塩梅」で分けることが求められます。
 
複雑すぎるのもダメ
あまり複雑な指標もコントロールができません。
 
代表例がAIを活用した解約予測です。
データが豊富な企業であれば、データサイエンティストに依頼して機械学習・AIを活用すれば、高精度で解約を予測するモデルの構築が可能だと思います。
しかし、AIで作成したモデルは各特徴量(変数)がどのように結果に効いているかわかりにくいことも多い。
例えば、100の特徴量(変数)を統合してAIが算出した解約リスクのスコアをヘルススコアとして採用すれば、解約を予測する精度は抜群かもしれません。が、現場のカスタマーサクセス職が100の指標のうち何から手をつけたらいいのかわかりづらく、結局オペレーションに活きない気がします。経営層もヘルススコアがなぜ悪いのかが直感的にわかりづらくなる。そうなると「解約を下げる」というヘルススコアのそもそもの目的が達せられない。
 
もちろん、複雑なヘルススコアでも緻密なオペレーションを構築すればコントロール可能です。
しかし、SaaS/スタートアップのセールスオペレーション・組織は日々変わるわけです。緻密なオペレーションを維持できるイメージがあまり湧かないです。
(とはいえ、機械学習による解約予測自体は有効なので、活用余地は色々あると思っています。)
 

フレームワークはどう使うか

他方で、カスタマーサクセスのヘルススコアに関するフレームワークも紹介されるようになってきました。
例えば、2020年に出された超名著「カスタマーサクセス実行戦略」では”DEAR framework”を紹介しています。
すなわち、
  • Deployment :最適な利用条件の充足度
  • Engagement :顧客との関係値
  • Adoption :プロダクト・サービスの利用率
  • ROI :費用対効果
という観点から、ヘルススコアを設計するという考え方です。
 
こういったフレームワークは、あくまで観点を提供してくれるものですので
  • データがない時
  • データがあっても分析の仮説がうまく立たないとき
に使うのが良いと思います。
 
ただし、それでも「解約を予測できること」がヘルススコアの基本であることは変わりません。
そして、「そもそも顧客はなぜこのプロダクトを買うのか?」の裏返しを素直に考えれば解約を予測する指標は自ずと明らかになるケースが多い気がします。
フレームワークは予備的な役割でいいと思っています。
 

ヘルススコア運用上のポイント

ヘルススコア設計ができても、ヘルススコアが運用にしっかり乗って成果をあげるには意外と時間がかかります。
そこで、ヘルススコア運用にあたって、ぜひお勧めしたいダッシュボードが2つあります。
  • ヘルススコア別解約率
  • ヘルススコア別顧客構成比
です。
 
グラフイメージの方が早いと思います。
こんな感じです。

f:id:f-bun:20201019222054p:plain

f:id:f-bun:20201019222129p:plain

順に説明していきます。

 

ヘルススコア別解約率

ヘルススコアがちゃんと運用に乗るには「ヘルススコアが信頼されること」が何より大切です。
ヘルススコアの目的に照らすと、ヘルススコアが信頼されるには「ヘルススコアが解約を説明すること」が大切です。
なので、例えばRED / YELLOW / GREENの3つにヘルススコアを分類した時に、
ちゃんと「ヘルススコアGREENになれば、解約しにくいんだな」が納得性を持って示されることが重要です。
それが「ヘルススコア別解約率」。

f:id:f-bun:20201019222054p:plain

「ヘルススコア別解約率」は、ヘルススコアの信頼性を伝える
このグラフをことあるごとにカスタマーサクセスチーム内外に発信し続ければ、ヘルススコアは徐々に浸透していきます。
 
さらに、ヘルススコア別解約率をモニタリングし続けることで、
ヘルススコアが通じなくなった時に気づくことも可能です。
例えば、新機能のリリースなどでプロダクトの提供価値の構造が変わってくると、「ヘルススコア別解約率」でYELLOWの解約率が下がって、GREENと交差することもあり得ます。
そうなると、ヘルススコアが解約を説明する切れ味が鋭くなくなってきているということなので、要注意の状態です。
 
例えば、上記グラフで黄色と緑のグラフが交差するようだと、ヘルススコアが解約を説明できていない可能性があるので要注意の状態と言えます。(下グラフの状態)

f:id:f-bun:20201019222359p:plain

GREENの解約率がYELLOWよりも高くなっている状態。この状態だと、ヘルススコアが機能しなくなっている可能性がある。

ヘルススコア別顧客構成比

加えて、「ヘルススコア別顧客構成比」もモニタリング加えると、ヘルススコアをターゲットとしたカスタマーサクセスの活動がどれくらい効果を出しているのか見ることもできます。
カスタマーサクセスのヘルススコアへの介入がうまくいっていれば/セールスが「正しい顧客に売ろう」の原則を貫けていれば、ヘルススコアGREENの顧客比率が上がっているはずです。

f:id:f-bun:20201019222129p:plain

ヘルススコア別構成比は、顧客全体の健康状態を示す
 
上記の「ヘルススコア別解約率」と「ヘルススコア別顧客構成比」のグラフを定点的に見続けることで、ヘルススコアは社内で信頼を勝ち取っていきます。
 

補足:アップセル・クロスセルをヘルススコアにどう組み込むか

以上、カスタマーサクセスのヘルススコアについて、解約率を上位指標にした場合の説明をしてきました。
他方で、ヘルススコアをエクスパンド(アップセル・クロスセル)の指標として使いたい、という企業もあるかと思います。
 
端的にいうと、
ヘルススコアは解約予測のためのものにして、アップセル・クロスセルの指標は分けた方がいい」
というのが個人的な見解です。(これはかなり異論もあると思います)
 
というのも
  • 解約を予測する指標と、エクスパンド(アップセル・クロスセル)のしやすさを予測する指標は必ずしも一致しない
  • 解約を予測する指標にそれ以外の指標が混在すると、管理がしにくくなり、結局ワケがわからなくなる
からです。
 
アップセルについていうと、
例えば、従量の概念があるプロダクトでの上位プランへのアップセルは、解約のヘルススコアでスコアが良い顧客をターゲットにするとうまくいくことが多いと思います(使ってるほど従量が高くなり、ヘルススコアがよくなるし上位プランに移行しやすい)。特に、データ量やトランザクションの量によって料金が決まるようなタイプのプロダクトはこれが顕著だと思います。
こういうケースは、解約予測の指標とエクスパンド予測の指標が同じになるからわかりやすいです。
しかし、
同じアップセルでも、例えば従業員数自体が増えないと上位プランにアップセルできない(アカウント数課金のケースを想定)とかだと、ヘルススコアとアップセルのしやすさは必ずしも一致しないと思います。
 
クロスセルについては、
商品特性にもよりますが、クロスセルのしやすさと解約を予測する機能利用が一致しないケースがあることは容易に想像つくと思います。もちろん、「ヘルススコア高い→ロイヤルティ高い→クロスセルしやすい」という図式は成立することが多いのですが、それ以上にクロスセルのプロダクトが顧客の課題にフィットするかという方がずっと大切です。
とすると、クロスセルのしやすさをヘルススコアに組み込もうとすると、新たな指標を追加する必要が出てきます。
新たな指標を追加すると、解約のヘルススコアで説明した、シンプルなグラフが濁ります。
 
ヘルススコアが何を意味するのかがわかりにくくなり、オペレーションマネジメントが難しくなる。
 
それだったら、アップセルやクロスセルの指標は別立ててで管理した方が良い(そして多分、それをヘルススコアと呼ぶ必要はなくて、単純にクロスセルのセグメンテーション・ターゲティングの問題になると思う)、ということになろうかと思います。
 

まとめ

ヘルススコアの設計・運用は、カスタマーサクセスの組織に関わる人が最初にぶつかる課題の一つかと思います。
世の中的には色々なフレームワークが紹介されていますが
  • 設計上は、解約を予測できるか & コントロールできるか にフォーカスする
  • 運用上は、ヘルススコア別の解約率&顧客構成比 をウォッチし続ける
  • エクスパンド(アップセル・クロスセル)は別管理にする
あたりが、原則の原則として大切なのではないか、と思っています。
 
 

関連