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「ロジックで説得できない」時にコンサルが教えてくれない論理思考の基礎 :"sein"と"sollen"

世の中のロジカルシンキング研修・本において、全く触れられないことがものすごく不満な内容があります。
 
それは"sein"と"sollen"の区別です。
 
「ロジックで相手が説得できない」みたいな時に、この考えを知っていることは役に立つと思っています。
 

世の中には、2種類の命題がある

そもそも、命題には2つの種類があります。
  • sein命題(「である」の命題)
  • sollen命題(「すべき」の命題)
seinとsollenはドイツ語で、英語に直すと"be"と"should"でしょうか。
 
そして重要な話として
基本的に、「である」をどんなに積み上げても「すべき」を論証することはできません。
 
具体例で解説すると
  • 「である」命題 :「あのラーメンより、このサラダの方がカロリーが低い」 →証明は可能。
  • 「すべき」命題 :「ランチにはサラダを食べるべき」 →どんなに事実を積み上げても厳密な証明はできない。
という話です。
 
ラーメンよりサラダがカロリーが低いとしても、それに加えて「カロリー摂取は控えるべき」「痩せるべき」とかいう、他の「すべき」命題を前提としないと、「サラダを食べるべき」にたどり着かないからです。
そして「痩せるべき」を論証するためには・・と無限ループに陥ってしまいます。
 
「いや、俺不健康でもうまいもん食って死にたい」と言われたら終わり。
 
ロジカルシンキング本によく書いてある「ファクトベースで考えろ」が実は通じないわけです。
 
大学で論理学とか哲学を習うと、このseinとsollenの区別について何らか触れられることが多いと思います。
が、コンサルとかビジネスのロジカルシンキングには、なぜか出てこない。
 

なぜ、「である」と「すべき」の区別が問題にならないのか

ビジネスの世界で、「すべき」「である」の区別が問題にならないのは、
前提にできる「すべき」があるケースが多いからだと思います。
 
例えば、売上向上の施策を巡って
  • 商談数を増やす施策を打つべき
  • いや商談数より受注率を上げる施策を打つべき
みたいな対立は、表面上は「べき」の議論が対立です。
しかし、その上位にある「売上を向上させるべき」には相違がなくて、その先の話で意見が対立しているだけです。
 
なので、
  • 商談数を増やす方が売上が上がる
  • 受注率を上げる方が売上が上がる
という「である」命題に置き換えて、論理的に議論することが可能です。
 
上位にある「すべき」命題を共有できるケースでは、「すべき」命題は「である」命題に置き換えて論証ができそうです。
 

「すべき」と「である」の区別が問題になる時

問題となるのは、上位の「すべき」命題を共有できないケースです。
 
代表的なケースは、2つあると思います。
 

会社レベルで、対立する「すべき」命題が両方成立するケース

1つめは、会社レベルで、対立する「すべき」命題が両方成立するケースです。
 
例えば、
  • 人事評価は公正にすべき
  • 人事評価は効率的にすべき
は、両方成立する会社が多いと思います。
 
しかも、両者は「どちらを何割重視する」とか「こういうケースでは公正さじゃなくて効率が優先する」みたいな固定的な基準がありません。
「なるべく効率的にすべき」みたいなゆるい方向だけがあって、他の要求(例えば、他のタスクの優先度などなど)とのバランスで、時と場合によってそれぞれを尊重しながら「いいバランス」を追求することが求められます。
 
固定的な基準がないので、バランスの問題、もしくは価値観・意思の問題になってしまうのです。
 
このことに無自覚に
「人事評価は公正にすべき。だからこうするべき。」みたいな一本槍の理屈を構築すると、高確率で説得に失敗します。
 
ちなみに、先ほどの「商談数を増やす施策を打つべきか/受注率を上げる施策を打つべきか」というケースも、「売上を上げるには」という一つの軸をベースにして良い議論であればシンプルな「である」の議論にできるのですが
もし「短期の売上と長期の売上、従業員の働きやすさ、どれを重視すべきか」みたいな次元で対立があるとすると、ちょっと話がややこしくなりそうです。
 
 

個人と会社の「すべき」が対立するケース

「である」と「すべき」の区別が問題になる2つめは、個人と会社の「すべき」が対立するケースです。
 
ここで気をつけなくてはならないのは、
  • 個人が何かする/しないの判断軸は、会社の何かする/しないの判断軸と厳密に重なることはない。
  • だけど、表立って会社の判断基準と違う判断基準を個人は主張しにくい
  • しかも個人の判断軸はマトリックスで判断できるような二次元じゃなくて、0か1かでもなくて、ものすごく多層構造・多次元で曖昧な判断が行われている。
という3点から、
本当は単に「やりたくない」場合でも、表面的には「うまくいくわけない」みたいな形で反論として出てくることが多いです。
 
例えば、
(俺もマネージャーだし組織の方向に動かなくちゃいけないのはわかる。でも、正直これをやると部下のXXは反対しそうだなぁ。あいつとはいい関係を保ち続けたいんだよな。あと、俺も子供小さいから早く帰りたいしなぁ。とはいえ、そんなの部長に言うのもアレだしなぁ。やりたくないなぁ・・。報告書のデータ、正直細かくてよく理解できてないんだよなぁ、、。今更確認するのも恥ずかしいし。てか、今回の施策ってよく考えたら2年前に失敗したアレに似てない?そうだな、うん、似てる気がする。まぁ、今回の方が緻密に練られてるのは間違えないけど)2年前にやった施策と同じです。コンサルに2千万も払って。そんなんじゃ効果ないと思います。」
みたいな。笑
 
これ、表面上は「2年前にやった施策と同じです」って言ってるから、そうじゃないことを説明すればいいように見えるのですが、
実際上は腹の底で最初のsollenが微妙に食い違ってるから、どんなにデータを使っても説得できない可能性が結構あるのです。
 
そして、どんなに事実を積み重ねても個人が持っているsollenそのものを否定することはできない。
 
さらに、個人の意思決定構造ってのはコンサルがよく使うようなマトリックスで説明できるほどシンプルな話じゃない。
二軸なんてことは稀だし、しかも「どの軸を何割重視する」なんて単純な話じゃない。
 
こういう複雑さを無視して、
「会社はこうやった方が儲かるから、従業員たるお前はこうやるべき」ってロジックを振りかざしてもうまくいかないわけです。
 

補足:「すべき」命題にも2種類ある

上記では省略しましたが、実は「すべき」の命題にも、2種類あると言われています。
「原理」と「規則」と呼ばれるのですが、具体的には
 原理:個人の意見は尊重されるべき
 規則:期日の12月末までに決定すべき
みたいな話です。
 
わかりやすいのは「規則」です。違反してるのかしていないのかが明確にわかります。12月末までに決まったかどうかだから。
 
他方で、「原理」はわかりにくいです。「個人の意見が尊重されるべき」に違反してるかは簡単にはわからない。
もちろん、無限に一個人の意見を尊重する(その人の言う通りにする)ことはできますが、そうすると、反対の意見を持っている他の個人の意見が尊重されなくなるし、それ以外の原理(例えば「組織運営は効率的にすべき」)が損なわれる。
 
そんなこんなで、すべき命題の中でも「原理」としての性格を持っているものは、0or1で判断できないため、巷に溢れてるマトリクス思考的な安易なロジカルシンキングとは相性がとっても悪いです。
「あっちが立てばこっちが立たず」であり、その状況に応じた「バランス」が求められるからです。そしてそのバランスの根拠もまた価値観であるため…という感じです。
 
とはいえ、ビジネス実務では、どっかに多くの人が共有できるポイントはあるわけで、それを注意深く探り当てるのがミソだと思います。 
 

まとめ: "sein"と"sollen"を区別し、相手のsollenを注意深く理解する

そんなわけで、
  • 誰かを説得するときは、相手に「〜〜すべき」を要求している
  • 「〜〜すべき」は、事実を積み重ねても究極論証できない
  • 会社レベルで、相反する「すべき」を持っていることもある。
  • 個人の「すべき」の基準は、価値観によって異なるし、超複雑。ゆるい方向感しか示されないことが多いし、どんなに事実を積み重ねてもその人がそういう価値観であること自体は否定できない
  • 他方で、共有できる「すべき」の基準があると、「すべき」の議論もスムーズにいく。
  • ので、相手の「すべき」の基準・構造を、表面にとらわれず注意深く読み取ることが大切
  • その上で共有できる「すべき」の基準から議論を始めて、妥当な着地を探るプロセスが大切なんじゃないか
という話でした。
 
いずれにせよ、"sein"と"sollen"という2つの命題の違いについて自覚的になることは
ビジネスでロジカルシンキングを使いこなす上で、意外と大切な第一歩になる気がしています。
 
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「ロジックで説得できない」現象に対して、コンサル出身者や経営企画が「現場はロジックじゃ動かないからね」みたいな言い方で片付けることがちょいちょいあり、
「むしろお前がseinとsollenの区別というロジカルシンキングの基礎に無自覚過ぎるんだよ!」と悪態をつきたくなることがあったので書いた記事でした。