能力開発の領域で、大変な名著だと思うのですが、なぜか広く知られていない気がする本を紹介します。
日々出くわす以下のような問題は、本書を読めば、結構な割合で解消されます。
自分の能力開発目標に何書いたらいいのか分からない / メンバーが自分で書けない 「ロジカルシンキング能力を鍛える」って目標が達成された試しがない 能力等級で、一度昇格させた人間を降格させる説明がうまくできない
個人的にはとんでもない名著だと思っているのですが、
難しそうなタイトルのせいか、あまり知られていない本な気がするので、内容を一部紹介してみたいと思います。
ちなみにこの本、タイトルは難しいですが
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節ごとに要約がある
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「成長レシピ」と題して、一つ一つの理論に即したワークが紹介されている。(それを自分でもやってみる/部下にやらせてみるだけで、実際の成長を促せる)
という親切な本です。
「成人発達理論による能力の成長」の一部要約解説
この本の目次は、以下の通りです。
序章 自他成長を促す「知性発達科学」第1章 「ダイナミックスキル理論」とは第2章 大人の能力の成長プロセス第3章 自他の能力レベルを知る第4章 既存の能力開発の問題点とその改善法
以下では、この本の理論的根幹をなす「第1章 『ダイナミックスキル理論』とは」の内容を簡単に紹介しつつ、
オススメポイントについて触れたいと思います。
「成長」は2種類ある
本書は、「なぜ人と組織は変われないのか」のロバート・キーガン教授の発達モデルを引用して、人間の成長には2種類あるとします。
すなわち
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人間としての器(人間性や度量) の成長
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発揮する具体的な能力(スキル) の成長
です。
そして、「2つの成長は相互に独立したものでありながらも、相互に影響を与えあって」いるとします。
そのため、「私たちが全人格的に成長するというのは、器の成長と能力の成長が掛け合わさった時に初めて実現されます。」とします。
「スキル」の成長はダイナミック(動的)である
その上で、本書は「スキル発達」について
私たちの能力は、多様な要因に影響を受けながら、ダイナミックに成長していくものである
というダイナミックスキル理論の立場に立ちます。
ここでいう「ダイナミック」とは、直線的でも階段状でもなく、うねうねと伸びていくということです。
図示するとこんな感じです。
「スキル」の発達は、網の目のような性質を持つ
その上で、スキル及びその発達は、「網の目」のような性質を持つ、と主張します。
ここでポイントは、網の目のスキルは、総体として作用する装置であり、相互に作用し、「レベル感」があるということです。
「網の目」の概念は、直感的にはわかりにくいのですが
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能力は、複数のサブ能力の総体である
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能力は、相互に作用しながら発達していく
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能力には、レベル感がある
というあたりが、この例えのミソかと思います。
例えば、「リーダーシップ」という能力についていうと
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「リーダーシップ」という能力は、「ビジョン構築力」「統率力」「部下育成力」...といった能力の総体である(この「リーダーシップ」の要素となる能力を「サブ能力」と呼ぶ)
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これらの能力(や周辺能力)が相互に作用しながら発達していく(「ビジョン構築力の次は統率力を身につけて...」と一つ一つクリアしていくタイプのものではない。しかもビジョン構築力と統率力は相互に影響しながら発達する)
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「リーダーシップ」は、ある/ないの二元論ではなく、レベル感がある
ということです。
「スキル」は、以下の3つの性質を持つ
そして、本書はスキルは以下の3つの特徴を持つとします。
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環境依存性 :外部の環境により、能力発揮レベルは変わる
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課題依存性 :取り組む課題により、能力発揮レベルは変わる
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変動性 :自身のコンディションにより、能力発揮レベルは変わる
これらが、スキル成長のダイナミックさをもたらしている原因だとします。(後述の「能力開発で大切なこと」とセットで理解いただくと良いと思います)
網の目としての特徴、及び3つの依存性からスキルの成長はダイナミックになる
上述の通り、ここでいう「ダイナミック」とは、直線的でも階段状でもなく、うねうねと、伸びていくということです。
発達の仕方との関係でポイントを補足すると、下図のようになります。
なお、ここでは意図しない変化を「ノイズ」、意図した変化を「変動性」と読んでいます。
「最適レベル」「機能レベル」「発達範囲」
上述の特徴
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環境依存性
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課題依存性
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変動性
という特徴から、能力の発揮レベルは3つに分かれます
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最適レベル :他者や環境からのサポートによって発揮できる、自分が持ってる能力の最も高度な発揮レベル
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機能レベル :他者や環境からのサポートなしで発揮できる、自分が持ってる能力の最も高度な発揮レベル
定義から「最適レベル」と「機能レベル」には、常に差が発生します。この差を「発達範囲」と言います。
図示するとこんな感じです。
そして、フィッシャーの研究で面白いのが、発達範囲は年齢を重ねるごとに、このギャップ(発達範囲)が拡大していくということです。
大人になれば他者の支援を必要しなくなるのではなく、むしろ高度な能力を獲得するためには、他者からの支援が不可欠ということです。
能力開発で大切なこと
以上から、能力開発にあたっては、以下が大切になります。
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「網の目」「深さ」レベルを意識すること、サブ能力に注目すること
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ノイズや変動をもたらす要素に自覚的になること
大切なこと① 「網の目」「深さ」レベルを意識すること、「サブ能力」に注目すること
例えば、「リーダーシップ能力を高めたい」といった時に、
スキルの「網の目」状のイメージを持って、必要な「リーダーシップ」のサブ能力や深さレベルを見極めることは有益です。
より具体的に言うと、深さとしてどのレベルでリーダーシップを持って組織を推進できるようになりたいのか。その深さを前提とした時に、強化が必要なサブ能力は、「ビジョン策定能力」なのか、「戦略構築力」なのか、「対人コミュニケーション能力」なのか。「対人コミュニケーション能力」だとして、どういうタイプの人とのどういう「コミュニケーション能力」なのか、など。
「網の目」「深さ」「サブ能力」を意識することで、より効果的な目標設定ができるようになります。
大切なこと② ノイズや変動をもたらす要素に自覚的になること
能力の発揮は、
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環境依存性
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課題依存性
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変動性
という特徴を持ちます。
とすると、まず振り返りをするときは、
どういう環境・課題・変動性の中で自分が能力を発揮できたか自覚的にならなくてはならない(他の環境・課題・変動性の中で同じ能力が発揮できるとは限らない)、と言うことになります。
能力開発をするときも、
例えば単に「リーダーシップを身につける」よりも、「リーダーシップ」という能力を「信頼性獲得力」「ビジョン構築力」「統率力」「指導力」などのサブ能力に分けた上で、
「今のマーケチームのメンバーで、リードの倍増という課題を前提に、信頼性獲得力を高めることで組織としての成果を最大化する。そのために〜〜〜」みたいに、具体的な環境・課題を置いた上で目標設定をした方が、能力開発も進むし期末の振り返りもうまくいくと思うのです。
なお、ここで、ノイズや変動は成長のスパイスとして扱われます。
例えば、同じ環境・課題と向き合っているだけだとスキルの成長は限定的になります。
しかし、環境や課題が変わると、これまでのスキルは通用しなくなる。その代わりに、スキルひとつひとつの要素が強化され、網の目の性質を持つスキルがより強固なものになっていくイメージです。
実務での応用
以上は、「成人発達理論による能力の成長」の内容のごく一部です。
実際の本では、上記のような特徴を持つスキルを発達させる方法についても語られています。
ただ、上記で紹介した内容だけでも
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スキル成長の「ダイナミック性」
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「網の目」「レベル」「サブ能力」
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「環境依存性」「課題依存性」「変動性」
といった、実務でとても役立つコンセプトが示されていると思っています。
これらを理解することで、例えば以下のような応用が可能です。
ケース:「ロジカルシンキング能力を高める」という能力目標
例えば、目標設定の場面で「ロジカルシンキングができるようになる」「商談力を高める」とかいう類の能力開発目標、よく見かけますよね。でも、達成されたの見たことありますか?
私個人はこういう目標を見飽きてうんざりしているのですが、これまで、こういう目標の問題は「SMART(要は後から測りやすい)を満たしていない」ことだと思っていました。
でも「成人発達理論による能力の成長」を読んで理解したのは、
「ロジカルシンキング能力を高める」という目標設定の問題点は、そんな目標設定の書き方の問題ではなく、もっと本質的なところに問題があったということです。
すなわち、「ロジカルシンキング能力を高める」という能力目標の問題は、「ロジカルシンキング」というスキルの環境依存性・課題依存性・変動性を無視して、能力の網の目・レベル感という特性も無視してサブ能力に注目していないことにあると思うのです。
では、どうすべきか。
こういう目標が出てきたときは「環境依存性」「課題依存性」を意識して
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どういう状況で
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どういう課題について、
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どういうことができるようになりたいのか
いくつか具体例を文章にする、というアプローチが大変有効です。
このプロセスをメンバー側が踏むことで、一気に目標設定に「血が通った」感が増します。
状況・課題が特定できたら、能力の「網の目」「レベル」「サブ能力」という性質に注目して、必要な能力をサブ能力に分解していきます。
振り返るときもスキル成長の「ダイナミック性」を前提に、様々な外部の要素も考慮しながら何故できた/できなかったのか、今後再現性が担保できそうなのはどのレベルなのか、というのを切り分けて振り返ることができます。
これ以外にも、「環境依存性」「課題依存性」を理解すれば、能力等級における降格で生じる「俺の能力が下がったっていうのか?」という問題にも一定の対応が可能になるなど、結構実務的に役立つコンセプトだと思います。
能力開発・目標設定にオススメの名著
以上、「成人発達理論による能力の成長」の内容の一部を紹介しつつ、オススメポイントを解説しました。
難しそうなタイトルのせいか、あまり知られていない本な気もするのですが、大変な良書です。
特に、なんとなく「能力って上がっていく一方」と思っていた自分にとって
「能力(の発揮度合い)は、環境や課題に依存しながら、上がったり下がったりしながら発達する」
というダイナミック成長理論のコンセプトとそれに基づいた様々なレシピは、大変大きな気づきと、日々の業務への実益をもたらしてくれました。
しかも
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節ごとに要約がある
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「成長レシピ」と題して、一つ一つの理論に即したワークが紹介されている。(それを自分でもやってみる/部下にやらせてみるだけで、実際の成長を促せる)
という親切ぶり溢れる本です。
目標を設定する側の人も、部下の目標設定を手助けする側の人も、一読して損はない良書だと思います。