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正しい顧客に販売しよう  :カスタマーサクセス10の原則①

カスタマーサクセスの教科書として知られる通称「青本」↓
カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則

カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則

 
この本の第一原則が「正しい顧客に販売しよう」です。
 
上記の本は、「10の原則」がチェックリスト的に使えて実務的に非常に使いやすいです。
以下では、本の内容を紹介・補足しつつ、「正しい顧客に売ろう」の実務上の意味合いについて考えたいと思います。
 

※他の原則も書いています。このシリーズの目次はこちら↓

【目次】カスタマーサクセス「青本」10の原則 逐条解説的まとめ - B-log

  

なぜ、「正しい顧客に販売しよう」なのか

そもそも、なぜ「正しい顧客に販売」しなくてはならないのか。
端的に言うと、第一の理由は「チャーンの元になるから」です。
 
このことは、補足説明の冒頭の
「チャーンの90%は販売時に起きる」
という表現に集約されます。
 
ただし、これは正しい顧客に売る理由の一つにすぎません。
さらなる理由は、間違った顧客に売ることによるコストの増大です。
こちらも補足説明を引用します。
 
間違った顧客に販売することによってかかるコストは甚大だ。間違った顧客へのオンボーディングは大変なものになり、部署内の時間も能力も消耗する。また、製品部門への要求も大きくなりがちだ。オンボーディングが終われば、負担はカスタマーサクセス部門に映る。カスタマーサクセス部門がこれまでにない使用事例を慌てて構築・実行してから顧客に使い方のトレーニングを行わなければならない分、苦労はさらに大きくなる。そうこうしているうちに、90日ごの更新を前に警報がなる。危険な顧客の「命を助ける」ために結成されるSWAT部隊には、幹部も数人参加せざるを得ない。
 
実際、「間違った顧客」に売ることによって、プロダクト側に負担をかける事例というのは、日本でも非常に多いと感じます。
例えば、
  • 目先の売上確保のため、間違った顧客が重要顧客になる
  • 更新の条件として、結構無茶な(プロダクト全体の設計を無視した)改善要望が来る
  • でもどうにか更新させたいから、開発サイドが頑張って実装してくれる
  • 結果、製品の裏側の構造が複雑になっていき、小さな改善が効かなくなってくる
  • それでも売り上げ・顧客数を維持するために、間違った顧客に値引きしてでも売る
みたいな無限ループに陥っているSaaS、あると思います。
 
すなわち
  • 解約の抑制
  • コスト・機会損失の抑制
の2点から、「正しい顧客」に販売することがとても大切、ということです。
 
 

「正しい顧客」とは

「正しい顧客」の定義

青本だと少し分かりにくいのですが、一番端的な記載は、以下です。
 
本当にその契約が正しいと言えるのは、顧客がPMFに当てはまっている場合だけだ。
 
つまり、「正しい顧客 = PMFを満たす顧客」ということです。
 
ここで"PMF"とは、プロダクトマーケットフィットのことです。
本書ではプロダクトマーケットフィットを「市場が自社製品を受け入れられている状態」としています。
 
この「プロダクトマーケットフィット」は、スタートアップ界隈の方にはおなじみですが、それ以外の方には、本書の上記説明だけだと少しわかりにくい気がします。
 
PMFに当てはまっている場合」とは、思い切って要約すると
この文脈では「顧客が抱える課題と商品が提供する解決策が、ちゃんと合致している場合」くらいの意味です。
プロダクトマーケットフィット自体が実に奥深い概念なので、もし初見に近い場合、いくつか周辺知識を補足した方でもがいい気がします。
参考になりそうな資料としては、↓あたりでしょうか。

「正しい顧客」の探し方

一般的な定義が分かったとして、「じゃ具体的に正しい顧客って?」を自分のビジネスに落とす段階で苦労する方も多いと思います。
この点について、青本では以下のように語られています。
 
顧客があなたの既存製品に適合しているかどうかを見極めるとき、その顧客の使用事例や事業分野、業界、規模などを基準に含めるべきだろうか。どの顧客をターゲットにするか、または(場合によっては)どの顧客の優先順位を下げたり完全に諦めたりするかを決める際には、現在の顧客基盤や事業内容を分析した結果を基準とすべきか、または現在は対応していないが対応可能な幅広い市場の規模を分析した結果を基準とすべきだろうか。最終的にはどの要素も少しずつ入るはずだが、CEOは正しい顧客をターゲットにすることも含めて、PMFの達成に社内一丸となって取り組まないといけない。

 

すなわち、
  • 事業分野、業界、規模などは『正しい顧客』の基準となり得る。
  • 色々な要素が少しずつ入る。
  • ただいずれにせよPMFが大切。
という説明です。
 
ひたすらPMFを追求して下さいという解説です。
個人的には、実務上は以下のようなデータを見て決めることが多いような気がします。
  • (商品設計が正しいプロセスに則っている前提で)商品設計時に定義している顧客像
  • 「継続率」が特に高い顧客属性のデータ
  • 「シェア」や「受注率」や「オンボーディング率」が特に高い顧客属性のデータ
1つめがPMFの定義そのもので、あと2つが結果論としてPMFを評価するイメージですね。
 
 

しかし成長企業では、顧客を拡大しなくてはならないことも

ただし、「『正しい顧客』にこだわってばかりじゃ今期の予算達成できないよ」という現場の声が聞こえてきそうです。
 
見落とされがちですが、青本でも以下のような記載があります。
 
理想の世界なら、会社は理想的な顧客だけに販売すればいい。だがもちろん、成長企業には収益を伸ばさないといけないという途方もないプレッシャーがあるものだ。そのため、効果的に成長するには、理想的な顧客の定義を拡大せざるを得ない場合もある。
 
例えば、「正しい顧客」の定義からは少し離れる顧客に対して「●●キャンペーン」とか名前つけて値引き販売することで売上や顧客数を揃えに行く、というのは実際によく見る光景です。
 
つまり、実務上は、「正しい顧客」の理想形にとどまっていることはできないということです。
 
ただし、「正しい顧客」を拡大した場合でも、やるべきことはあります。
それは、顧客のデータを常に追跡することです。
例えば、拡大された「正しい顧客」を区別し、その後の顧客の動き(オンボーディング率、システム利用状況、解約率など)をウォッチし続けられる仕組みを有していれば「正しい顧客」拡大の解約への影響、プロダクトの必要な修正点、あるいは着実にオンボーディングするための施策などが明確に議論できるようになります。
 
 

組織横断の「正しい顧客」の共通認識が必要

そして、青本が繰り返し強調しているのは「正しい顧客」の組織をまたいだ共通認識です。
組織構造についても考える必要がある。組織全体が正しい顧客に販売できるように足並みが揃っているか、そうでないかを考えなくてはならない。
正しい顧客に「販売」するわけですから、正しい顧客の認識は当然セールス部門やマーケティング部門にもなくてはなりません。
 
そして、「正しい顧客」の定義がプロダクトマーケットフィットなのですから、当然製品部門ともこの認識は共有されるべきということです。
 
 
 

まとめ

まとめると、以下の通りです。
 
  • 正しい顧客に売るべき。なぜなら、解約の抑制につながり、コスト・機会損失の抑制にもつながるから
  • 「正しい顧客」とは、プロダクトマーケットフィットに適合する顧客である。
  • 成長企業では、「正しい顧客」を拡大しなくてはならないことも多いが、その場合もちゃんとデータで追跡すべき。
  • 「正しい顧客」については、組織横断で共通認識が必要である。
 
本の内容に沿ったまとめは以上で、以下は考察です。 
 

考察:実務の中での「『正しい顧客』の拡大」

青本を(特にジュニアな)CSのメンバー読むと、一番よくある問題提起が
「うちは正しい顧客に売ってない。ダメなんじゃないか」 です。
これはこれで、正しいし、ものすごく大切。
 
でも、青本の著者はそんなことが起きるのは百もご承知なワケです。
そこから一歩踏み出して建設的な問題解決をしたい。
 
以下詳述していきます。
 

「『正しい顧客』の拡大」は、成長企業にとって避け難い事象

「正しい顧客に売ろう」のなかで、個人的に重要だと思うのが「『正しい顧客』の拡大」の概念についての記載です。
 
成長企業と呼ばれる会社に「中の人」として携わってきた身からすると「正しい顧客の定義を拡大せざるを得ないこともある」という趣旨の以下の記載は、多くの経験を持ってわかりすぎます。
理想の世界なら、会社は理想的な顧客だけに販売すればいい。だがもちろん、成長企業には収益を伸ばさないといけないという途方もないプレッシャーがあるものだ。そのため、効果的に成長するには、理想的な顧客の定義を拡大せざるを得ない場合もある。 
「正しい顧客に売るべき」なんてことは、一定成長する企業なら分かってることが多い気がします。
だけど、成長企業には成長し続けなくてはならないというプレッシャーがあり、そのプレッシャーの中で正しい顧客の拡大は不可避的に起こりがちです。
 

しかも、なし崩し的に起こりがち

正しい顧客の拡大が不可避としても、
理想論としては「『正しい顧客』の拡大」を起こす瞬間に、ちゃんとマーケットプロダクトフィットを確認しながら進んでいけば良いように思います。
 
しかし、実際に「『正しい顧客』の拡大」が起きる瞬間というのは、往々にしてなし崩し的です
「今期売上ちょっと足りない」瞬間に「『正しい顧客』の拡大」は起こりがちで、そんな手順を踏む余裕なんてありません。
 

なし崩し的な「『正しい顧客』の拡大」に積極的に対応すべき

かくして「『正しい顧客』の拡大」はなし崩し的に起こりがちです。
とすると「それを前提に、ビジネス全体をいかにうまくマネジメントするか」が大切になる気がします。
 
カスタマーサクセスの観点でいうと、正しい顧客以外が入ってきたときに
  • この人たちは正しい顧客じゃないからオンボーディングできない
  • この集団は正しい顧客じゃないからChurn Rateが高い
とか言うことは簡単です。
 
しかし、正しい顧客の拡大が不可避とすると、そこから一歩進んで対応することがカスタマーサクセスチームには求められる気がするのです。
 
例えば
  • この顧客は元々想定していないから確かにオンボーディングしづらい。でも、〜〜という機能さえあればあとはこちらの運用提案でどうにかできるイメージがある。プロダクト側でどうにかしてくれないか?
  • 最近セールスが元々想定していないX業界の顧客にたくさん売ってくる。確かに目先の数字的にそれは分かるんだけど、どうせ正しい顧客を拡大するなら業界Yの方が筋がいいと思う。業界Xの顧客は、今の「正しい顧客」の要求とは相入れない要求をしてくるが、業界Yならそんなことはない。機能を追加すればイケるイメージがある。しかも実はたまに紛れ込んでくる業界Zの顧客も類似の課題を抱えている。業界Yと業界Z合わせればXと同じくらいの市場規模があるはずだ。
みたいな。
 
ここで求められるのは、正しい顧客以外も正しくないなりに類型化&構造化して(現在のプロダクトと整合性を保ちながら)対策を練るスキルだと思います。
 
こういう動きを設計するのは、本来的にはプロダクマネージャー/オーナーとかプロダクトマーケティングマネージャーと呼ばれる人の仕事かもしれません。
ただ、カスタマーサクセスから(目の前の顧客だけでなく)隣接市場までも洞察して上記のような「『正しい顧客』の拡大」のストーリーを「積極的に仕掛ける」ことができたらと思うと、とても素敵なことだと思うのです。
 
そもそもSaaSないしサブスクプロダクトの多くは、実態としては複数の機能(製品と言い換えてもいい)の複合体です。
複数の機能の複合体であるがゆえに、「正しい顧客」以外にも売れるし売りたくなる局面ってあると思うのです。
 
成長企業において「『正しい顧客』の拡大」は不可避です。しかも、それはなし崩し的に起こりがち。
その瞬間に、カスタマーサクセスとして文句をいうことは簡単です。
でも、そうではなくて、どうこの局面を乗り切っていくのか、正しい顧客以外も正しくないなりに類型化&構造化して対策を建設的に提案する姿勢とスキルが、カスタマーサクセスには求められるんじゃないかなぁ、なんて思うわけです。

 

カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則

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